色のない緑色の考えは曖昧に記述する

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本・ゲーム・映画等感想レビュー及び雑記

百合=女と女の関係性 StrongもしくはWeak Yuri そしてさらなる根源

この記事を書くことになったには単純かつ深淵な経緯がある。
ことの起こりはTwitterだ。

 そう、この一言からこの与太話は始まった。

私は大絶滅恐竜タイムウォーズを読んでより深くStrong(強い百合)Weak(弱い百合) Yuri についての理解を深める必要を感じた。
そして豆猫さんが

といいつつも百合についての記事を書いてくださりました。

なので私も個人的な百合に関することを書くことにしました。Strong(強い百合)Weak(弱い百合)百合についての概念強度を補強し更に広めるためにこの記事を書いています。

基本的な概念やここでいう百合についての定義はこちらのインタビューを基準としていただきたい。
(個人的な話をするなら別に女×女・女×男・男×男・人×人外どれでも構わないし適応できる概念だと思うのですが)

今更2018年の記事を引っ張ってきてなんだという言い分もあるかもしれません。
ですが記事にある通り皆さんの中にある固定観念のさらなるアップデートが必要だと思います。
つまり、「Strong」「Weak」百合の概念をより理解りやすく明確にしてより多くの人々に知っていただく。それが最終的な目的になります。

まず最初に一つだけはっきりさせておかなければいけないことがあります。
StrongWeak」の概念について強い百合と弱い百合と表記しましたが
「この両者について優劣はありません。どちらが優れていて、どちらが劣っているそういうことではありません」
両者は確かに相克しあう概念になるのですがそれは磁極におけるのような関係で互いに対立するわけでもないということも理解しておいてください。

Strong Yuri」について

StrongYuriとは概念的にいえば草野原々氏曰く「原因」「真理」「エモさ」を重視する百合です。
創作(映画や実写における配役も含む)におけるキャラクターは虚構ですがその関係性は「確固とした関係」としてそこにある。私はそこにフォーカスしました。
StrongYuriは観測者から見て「直接的な描写」としての「感情」「巨大不明感情」と呼ばれるものがそこにある百合です。
愛情・好意・友情・憧憬、感情の種類は問わずそこに「強い感情」が存在し、それが表現されている。百合としての強度が高い、ゆえにStrongYuriというわけです。
作品として上げるとするならば「マリア様がみてる」「裏世界ピクニック」「大進化どうぶつデスゲーム」「やがて君になる」これらの作品を私はStrongYuriとして分類できると考えました。これらの作品は直接的な「女と女の関係性」が描かれており誰が見ても百合としての強度の高さがあります。
これらの作品は感情に関しての表現に重きがおかれていて人間的なドラマが多いと傾向があると感じました。
中国ではこういう分類があるそうですがこういった人間性に重きを置いた作品を真百合というそうです。

WeakYuri」について

WeakYuriとは概念的に言えば草野原々氏曰く「理由」「理論」を重視した百合です。もっと正確に言えば観測者が「関係性を百合」とする百合です。
作者の考えを考慮せず、直接的な描写はない作品やキャラクターにそれを見た者が「百合を定義」する。なので百合としての強度が弱い。虚構の百合である。
なのでこの場合は劣等感、ライバル関係、敵対関係、もしくは恋愛感情を含まないただの友情関係、そういった直接的な感情を含まない広範囲の感情や関係から百合を見いだせる利点があります。

作品としては同人として大きなジャンルにこの傾向が多いです。
これは例ですが「東方」「艦これ」「FGO」「ガルパン」「アイマス」等ですね。私はこれに加えて「けいおん」や「ゆるキャン△」と言ったいわる4コマ系の日常作品もこちらに分類されると考えています。
中国では逆にこういった作品を軽百合というそうです。

この2つの概念は互いに反発し合うように見えて実はそうではありません。
極限的なところまでいくとこれらの概念は同一的であり別のものになります。頭はStrong尾へ向かうにつれてWeakというウロボロスの輪ということです。
これらについてはこれからそれらを極限まで強化した「Radical Strong Yuri」「Radical Weak Yuri」という「Radical」な概念について触れていきたいと思います。

「Radical」な「StrongWeak」百合について

「Radical」とは辞書的には「過激な」・「根源的な」という意味の言葉になります。
なのでここではさらに概念的、哲学的なところまで強化された「StrongWeak」について掘り下げて行きたいと思います。
私は「Strong」は実在性的な存在の強度の強い百合、「Weak」は虚構的で存在強度の弱い百合と解釈しました。
草野原々曰くRadical Strong Yuri実在論もしくはイデア論に基づいた概念であり(つまりそこにその概念自体が存在している、洞窟に写された影ではなく本質・実像としての百合としてそこに存在する)現実と虚構は関係なく本質としてそこに存在するということに対してRadical Weak Yuriは認識論・もしくは唯我論的なキャラクター自体そのものすら虚構であるという過激な思想にまで発展しています。
キャラクターそのものが虚構であるということはキャラクターには「感情」が無く我々がそこに「感情」があると錯覚しているということです。
さらに掘り下げていくと我々の認識も虚構であるということになっていきます。
 それは涙を流しているキャラクターが居たら悲しんでいる。笑っているキャラクターが居たら喜んでいる、と想像しているにすぎない。そこに確固としたものは存在しません。「我思う故に我あり」自身の考えているもの、想像以上のものはそこに存在しないのです。それは関係性の断絶であり、百合という概念の喪失を意味します。
そして困ったことに実在性も虚構になります。実在性も虚構であるということは現実と虚構とは関係なく百合を見出すというRadical Strong YuriRadical Weak Yuriも極限までいくと同一のものということになるのです。
「大絶滅恐竜タイムウォーズ」では理由子を失ったキャラクター達は「大進化どうぶつデスゲーム」という資料から感情を類推して感情を失った状態でキャラクター達が活動していました。これは一種のRadical Weak Yuriです。そして最後にはその状態から確固とした自我を発露させ自意識の中に関係性を見出します。それはつまりRadical Strong Yuriです。
すべてが虚構だとしても唯我論だとしてもそこに百合というイデアがある限り百合はその存在強度を保ち存在することが出来るのです。

自意識は脳髄の中に存在する。百合もまた脳髄の中に存在する。
私は記述をする。貴方はそこに百合を見出すかもしれないだろう。
貴方が記述をする時、私はそこに百合を見出すかもしれないだろう。

我々は微笑みを交わして互いの知恵を交わすことは出来ない。
だから私は貴方の百合を知りたい。貴方の感じた感情を知りたい。記述という形態を介して我々は百合を共有できるかもしれない。

だから、私は貴方にもそれを記述してもらいたい、感情を共有したい。
そうすることでより百合の実在性と強度は高まるだろう。
貴方が媒体を問わず、百合に限らず、大きな感情を感じた時、もしくは作品を見て・読んで・感じて、感情を抱いた時にそれを書き記して欲しい。
貴方が見た素敵な作品や大きな感情を共有したい。貴方に筆を取って貰えると私は嬉しい。