色のない緑色の考えは曖昧に記述する

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本・ゲーム・映画等感想レビュー及び雑記

小説紹介・感想「2010年代SF傑作選1」

 

「2010年代SF傑作選」について

本作は2010年代の総括として記念的に刊行された2冊の傑作選です。
1は2010年以前にデビューをした熟練のSF作家、2は2010年以降にデビューしたこれからを担っていくSF作家達による短編集だ。
1と2併せて20人20篇。編集者である大森望、昨年記録的なヒットを出した伴名錬の2名により選出されたベストアルバム的一冊と呼ぶに相応しい。
本作に選出されている作品はSFの中のジャンルを問わず10年代を代表できる短編。そして短編集等に掲載されているかは関係ない選出となっている。ゆえに本作のための描き下ろしは存在せずSFというジャンルに普段から触れている人ならば読んだことのある作品がいくつかはあるはずだ。
だが私自身がそうだったように刊行当時に読んだ時の感想と今読んでみた感想は大きく異るかもしれないので既読作品でも是非とも読んでもらいたい。

1と2どちらから読むかは読者の自由だ。アンソロジー的な短編集ゆえにそれぞれに繋がりは無く傑作の名に相応しい作品ばかりでどちらから読んでも楽しめるはずだからだ。

掲載作品

小川一水「アリスマ王の愛した魔物」

短編集として刊行された作品の1篇。2011年 第42回星雲賞・日本短編部門を受賞した作品。
とある架空の世界の王国に生まれた王子の六男で末っ子そして醜悪な見た目の「アリスマ」は六男ゆえに基本的に王家からは放置され自由に暮らしていました。王子は算術に優れた才能があり3つの齢には1000までの数字を数え上げその7日後には四則演算を習得してしまいます。
王子が7つのさい、星が王子のもとへと降り立ち人の姿になり王子の算術の才に大いに貢献したそうです。

この物語はアリスマが王となりそして算術を用いて世界を統べて行く物語です。
一見ファンタジーで寓話のような物語のように思えましたが読み込んでみると現代的な物語で最終的には酷く現実的で工業的かつファンタジー的な要素を用いながらも大規模な並列処理まで行っている。
その並立処理の方法がまた衝撃的だった。SF的な要素をファンタジーに置き換えてここまで物語として成立させるのは大変素晴らしく技量のいることで小川一水だからこそできてだからこそ星雲賞を取ることが出来たのだろう。

上田早夕里「滑車の地」

本編もまたどこかファンタジーを感じさせる作品。
鉄柱が多く立ち並び、鉄柱の足元には冥海という底なし沼のような人や植物が到底暮らすことの出来ない世界となり人々は鉄柱の上に住処を作り鉄柱と鉄柱を滑車と硬化炭素ロープで繋ぎ行き来している。
冥海には泥棲生物(ヒジ)と呼ばれる生物が済み鉄柱に卵を植え付け、人はそれをこそぎ落とすようにして処理しながら暮らしている。ヒジは時折鉄柱の上まで登ってきて食料庫を荒らすからだ。
アジサシ計画という他の土地がどうなっているか簡易な飛行装置により捜索する計画がある。主人公である三村と地下都市で育てられ飛行機のパーツ、もしくはパイロットとして購入されてきた少女(本人は獣と自身を呼ぶ)「リーア」によりアジサシ計画がどうなるかという物語だ。
ジメッとしており希望も絶望も垣間見える物語だった。この物語だけでは完結していないのかもしれないが作者の他の作品はリリエンタールの末裔しか読んだ事がないので私にはわからないが作風としては好みなので代表作の「華竜の宮」も近いうちに読んでみたいところだ。

田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」

とてつもなく短編らしい短編と感じた。
とある星にある怪獣動物園(正式には怪獣ランド。ここではわかりやすさ優先で動物園とする)で殺人事件が起き、それを調査してほしいと頼まれた探偵がそれを調査する物語。
怪獣動物園の一番の有名どころガッドジラというゴジラ的怪獣はゴジラのような存在で怪獣の中でも目玉だ。
このガッドジラを見世物として体験させるために高給でガッドジラに人間の脳を移植し人を襲わせる振りを演目の一貫として行っていた。だがしかしその脳を移植したガッドジラ=ヒューマジラが何者かに密室状態で殺害された。
何故、どうやって、だれがとそれを調べるのが探偵の仕事だ。

仁木稔「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」 

コロナ禍の渦中にあるからこそあり得うる未来にも思える作品だった。
「アステリズムに花束を」収録作の「色のない緑」やharmonyのように世界が混沌とした後の世界に相応しい作品のように感じた(この作品がそういった疫病の後の世界という訳ではないが)
舞台は遺伝子工学が栄えた近未来のアメリカのような国。妖精という人工的に作られた子供のような姿をした人間の代替となる労働力が作られた世界。そして遺伝子工学が栄えているからこそ自然派主義と妖精を害悪とみなし破壊する派閥が存在する。
主人公は自然食品の店舗で働く青年だ。彼はエイプリルという金髪でツインテールの子狐を連れた女学生と出会い半妖精主義派へと傾倒していき……という物語。
アンドロイドやAI、人類の代替労働力が開発されれば避けられない予期できる未来。人ではないものだから動特性や倫理が働きにくく凶暴性の発露も大きい。いつの時代にだって新しい技術はこういった差別や暴力行為は起きうるだろう。できる限りそういった未来は避けたいものだ。

結末も含めて傑作選1の中でも最推しです。とてもよい。すこすこ。

北野勇作「大卒ポンプ」

コメントしにくいがホラー風味の作品だった。
舞台は戦後風の時代。とある新人社員が水抜き穴という部署に配属される。
その部署は地下に貯まる水、そこに浮かんでいる魚の死骸を回収することだという……
これ以上書くとネタバレになるので如何ともし難いです。

 

神林長平「鮮やかな賭け」

昨年戦闘妖精雪風の続編の執筆開始が発表された90年代以前からSF界隈を牽引してきたプロ作家の一人。
内容の説明はかなり難しく哲学的だが起きたこと自体はシンプルだ。賭けをする。私はわたしに全てをベットする。
読んでもらったほうが早い。何を言ってもネタバレになりそうだから。
でも私はこういうのとっても好き。

津原泰水テルミン嬢」

昨年(2019)に結果として早川書房から刊行された「ヒッキーヒッキーシェイク」をめぐり幻冬舎とのトラブルがありティーンズ向け小説を書いていた事実が多くの読者に知れ渡った小説家。作風も多彩で数多くの作品を出版してきている。
本作はレトロ風味な作品、なのだろうか?とりあえず身体改変SF。
私は著者の作品についてほとんど触れたことがないので評価しにくいが繊細な描写だと感じた。
内容は一定の条件が満たされてしまうとアリアを歌いだしてしまうという特異な症状を呈した眞理子と、その病気についての物語。
好みは分かれるかもしれないがレトロな感じの作風が好きならきっとハマるはずだ。

円城塔「文字渦」

円城塔は人類には早すぎると私は昔から評価している。好きだけれど理解はしきれない。
表題作の掲載された短編集の「文字渦」は第39回日本SF大賞を受賞。過去にも新人賞や最終選考まで残る、伊藤計劃との共同執筆作品「屍者の帝国」は33回SF大賞の特別賞や44回星雲賞国内長編部門を受賞など類稀なる才能を見せる。
数学やプログラムを文学的に表現するという奇抜な執筆方法を取り時にはページそのもので遊び始める。床下からフロイトがたくさん出てくるのだからやはり人類には早すぎるのかもしれない。
今作も私にはちょっとよくわからなかった。多分短編集として文字渦を読めば一連の流れとして理解できるのかもしれない。

飛治隆「海の指」

昨年刊行された零號琴と廃園の天使シリーズの新作の執筆開始で話題になった作家。
名前は知っていても私は詳しくない。何せグラン・ヴァカンスとラギットガールを積んでいるもの。
でもこの物語はグラン・ヴァカンスと同じく独特の世界でわりと私好みだった。だからグラン・ヴァカンスも読み始めたらきっと楽しいはずだ。
この物語は私は前情報無しで読んだほうがいいと判断したので内容については特に触れない。

 

長谷敏司「allo.toi.toi」

完結済みのラノベシリーズ「円環少女」、Newtypeにて連載されアニメ化もされた「BEATLESS」、もともとはラノベ作家だったが後に設定の凝ったSF作家へと転向(ラノベ作家とかSF作家という枠組みも何かバカらしいが)し「あなたのための物語」で第30回SF大賞の最終候補、第41回星雲賞で参考候補作に選ばれる。
主に人工知能を題材としたSF作品を描く。
本作は第35回SF大賞を受賞した「My Humanity」からの掲載。一連の流れにある短編からの掲載になるのでMy Humanityから読むのとこれ単体で読むのでは読み口が大きく異るだろう。
本作は小児性愛者にして性犯罪者に人工的に『好き』という気持ちを正しく矯正したらどうなるのかという内容だがこれ単体で読むと割と希望もクソもないのでどうして傑作選の最後に本作品を選んだんだ……と頭を抱えた。

ドS魔法少女と繋がりあった世界から主人公の住む世界に訪れる魔法使いとコロシアイになる「円環少女」、アンドロイドや超高度AIが一般化した世界で超高度AIを積んだAIと少年のボーイミーツガールを描いた「BEATLESS」はマジでおすすめ。
前者は電子書籍の合本版のセール時購入をおすすめ、後者は電子書籍でも紙でもどちらでもいいから買って読んでください。読んで。読め。

 

最後に

名編集者と重度のSFファンによって選出された作品はどの作品も濃厚でとても読み甲斐があった。
流石としかいいようがない。「なめらかな世界と、その敵」と同じく普段あまりSFを読まない人にでもおすすめできる一冊です。
特にSFにイーガンのような堅苦しいイメージを持っている方にほど読んでもらいたい一冊でした。
2についてもそのうち記事にします。

 

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫
 
2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫