色のない緑色の考えは曖昧に記述する

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本・ゲーム・映画等感想レビュー及び雑記

小説紹介感想・百合「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」ガス惑星巨大ロケット百合

「アステロイドに花束を」に掲載された小川一水の短編、「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」が長編作品として3/18に刊行された。
短編の時点でさえ濃密な世界観に強烈な百合だった本作は長編として編み直されよりその世界観を広げ密度を増し、より破壊力の高い作品として戻ってきた。イラストは「これは学園ラブコメです」でも素敵な挿絵に表紙を描いた「望月ケイ」さんだ。
言うまでもなくこの作品は「StrongYuri」である。

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短編版掲載短編集の紹介はこちら。

 

「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」について

時は人類が「星系短絡機関・光貫環」により太陽系脱出が進んだ未来。(ただしこの辺の設定はあまり関係しないのでひとまず忘れてもよい)
舞台は「巨大ガス惑星 ファット・ボール・ビーチ」という文字通り土星の輪のようなガスだけで構成された惑星。
ガスだけで構成された惑星ゆえに人々はこの星に移住してもなお定住の地を持たず16の氏族が拠点となる巨大氏族船を建造しそこで生活のための糧を得て生活していた。
氏族船はそれぞれ別のルートで惑星を周回し2年に1度集まり氏族会議を行い、お互いの2年間での獲得資材を分配しあい、多様性を維持するためにお互いの氏族とのお見合いなどを行っている。

氏族はそれぞれのルートで惑星を周回しながらこの星で取れる、未知のリチウム同位体や資源、窒素・塩素・硫黄・リン・鉄・亜鉛などから構成される「昏魚(ペッシュ)」を漁を行うことで獲得しそれを加工することで生計を立てていた。

漁は二人乗りの漁船「礎柱船(ピラーボート)」という船で行われる。
ピラーボートは全質量可換粘土(AMC)という物質で構成されておりそれを「デコンパ」と呼ばれるAMCを自在に操作しピラーボートを変形させる存在と船を操縦する「ツイスター」によって行われる。
古くからデコンパは女性、ツイスターは男性、そしてその二人は夫婦というしきたりとなっていた。

本作は氏族会議の終了間近から始まる。主人公であり貴重な漁船の持ち主である「テラ・インターコンチネル・エンデヴァ」が幾度目かのお見合いに失敗ししょぼくれながら帰ってき、ダイオードという少女と出会うところから始まる。

二人と、二人の関係性

「テラ・インターコンチネル・エンデヴァ」について

テラは24歳にして両親の遺産であるピラーボートを持つ長身にして非常に女性的な体型のデコンパである。
彼女は通常のデコンパとは少々違い、端的に言うと変わっている。
普通のデコンパは学校で習う定形の網を作り漁の戦術を練るところ、彼女は自身の知識のままに、妄想のままに網を作る。他のデコンパが普通にできることが出来ない代わりに彼女はいつだってその場その場で自由に戦術を組み立てることが出来る。
ただしそんな彼女についてこれるツイスターはダイに出会うまで誰一人として存在しなかった。

そして彼女にはもう一つ特徴がある。保守的な氏族社会の中で育ち、その常識を当然のモノと受け入れている。氏族にとって、そしてそれは彼女にとっても。デコンパとツイスターは夫婦で、女は男と結婚して子をなし、血と遺産を受け継いでいくのが当然で、当たり前で、常識だ。そう教えられて育ちそれを受け入れてきたからだ。

奇しくも現代の保守的な村社会や古い価値観と相似している。
彼らにとって知らないものは怖く、変化は危険なことなのだ。

彼女の価値観は外部から新しい情報を得ることがきっかけで変化する。本当にしたかったことに、欲求に気づくと言ってもいい。

その変化をもたらす存在こそがダイだ。

「DIE-Over-Dose ダイオード」について

ダイオード、通称ダイさんは18歳で低身長、そして痩身の少女である。
銀髪に青い瞳をし、常に丁寧語で話すが時々感情的になると汚い言葉が出る少女にして、稀有な「女性ツイスター」だ。

彼女は氏族会議の行われている期間に、そしてお見合いの失敗したダイの元に突然現れた。
ダイはテラがお見合いの際に行った漁を見て彼女と一緒に潜りたいと決めたようだ。

彼女は正体不明で、ぶっきらぼうで、猫のようだ。
そしてダイは既存の価値観に囚われない存在だ。その存在が、テラに刺激を与える。

不器用で強がりな彼女はとても可愛い。彼女が既存の価値観に囚われないことにも、ツイスターに拘ることにも理由はある。
短編では語られなかった彼女の物語がこの単行本版の本作には詳しく描かれている。

彼女について詳しく知りたい場合は作品を読むといい。

二人の関係

二人は互いに互いが持ってないモノを持っていて補い合える関係にある。
最初は気を全く赦さないダイも徐々にテラの包容力に負けていく。テラの包容力はその身長と比例してとても大きい。そして世話好きだ。

奇抜な発想と豊富な知識量に洞察力でデコンパを行うテラと巧みな操縦技術に常に冷静なダイ。
二人は凸凹が上手く噛み合ったいい関係性と言えるだろう。
そしてそのテラのその柔軟性は変化を恐れず貪欲に新しいことを取り込んでいく。
某空鳥と違い安定性のある二人だ。彼女たちがこれから目的に対してどう取り組んでいくのかはとても興味深い。
そしてある漁師の存在との相似も。

感想

短編版をデコンパしてより濃密にした作品に仕上がっていた。濃密で、濃厚で、深い広がりをもった世界観になっている。
中でもダイの掘り下げは非常に良かった。出発点と着地点が理解っていても読者を退屈させることのない設定を加え、それが化学反応を起こしより素晴らしいものとなっていた。古い価値観と新しい価値観、大と小、男性と女性、様々な要素が対比になっているように感じた。当然テラとダイも対比になっているのだろう。
個人的にはテラのダイに対する感情の吐露やダイのブチギレポイント、あとは前もよかったあのシーンがよかった。あとはラテックスのくだりとか。ダイが子供っぽくなるところとかも。素敵がいっぱいかよ。
売上がよければ続編か関連作が刊行される可能性もあるらしい。是非とも購入して少しでも可能性を上げてもらいたい。私は彼女たちのその後よりもこの世界観での短編や他の氏族の話も読んでみたい。
裏世界ピクニックを気に入った人ならばきっとこの作品も気にいるだろう。私はおすすめしたい。

裏世界ピクニックの紹介記事はこちら。


 ちなみにテラとダイの身長差はこれくらいらしい。ダイがテラに抱きつくと丁度胸に顔が当たるくらいの身長差。いいよね、身長差カップル。