色のない緑色の考えは曖昧に記述する

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本・ゲーム・映画等感想レビュー及び雑記

小説紹介・感想:十三不塔「ヴィンダウス・エンジン」止まった物が存在しない世界

君は「サイバーパンク」というジャンルを知っているだろうか?
ニューロマンサー」「ブレードランナー」「攻殻機動隊」「MATRIX」「マルドゥックシリーズ」などの「サイバースペース」に自身をAIのようにアクセスして手足のように駆け回ったり肉体を機械と接続し電子的に、もしくは機械的に拡張したりするジャンルだ。
元祖とされている「ニューロマンサー」や「ブレードランナー」の影響が大きく暗く湿った雰囲気や退廃的な世界観の作品が多い。
もちろんパンクと名前についてる通り体制に対する反発や反抗、ドラッグ、ヤクザなどの反社会的行為が登場する傾向にある。

00年代以前は盛んなジャンルだったが現実の技術の発展によってサイバーパンクな作品の登場数は減ってきている。
現実が未来に追いつきつつある。多くの過去には不可能だったことが今では可能になってきている。

そんな時制の中でハヤカワのSFコンテストで優秀賞と受賞し颯爽と登場した作品、それが「ヴィンダウス・エンジン」だ。

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「ヴィンダウス・エンジン」は「ニューロマンサー」のように、ケイスが神経を焼かれたように、チバシティーからフリーサイドへと向かうように、主人公はヴィンダウス症候群を発症し韓国・釜山から中国・成都へと舞台移し、ギブスンが想像した未来のように今の現実から想像できる数々のハイテクガジェットが登場し主人公は様々な政略に巻き込まれていくことになる。そういう小説だ。

私はこの作品をポストニューロマンサーと言いたい。

特に私が面白いと感じたところは2つある。
1つ目はギブスンは日本が大好きだったのと時代として技術的先進国だった日本・チバシティを物語の起点とした。
一方十三不塔は舞台を韓国・釜山から中国・成都と設定した。主人公の出身が釜山であるのは韓国では徴兵制度があるからだろう。ヴィンダウス症候群についてのネタバレになるので詳細は伏せるがソレは確かに重要なファクターの一つだった。
そして中国・成都だ。中国に、特に成都については詳しくないが中国ということが重要だ。中国では現在進行系で人口増大を抑止するために一人っ子政策というものが行われている(2020年現在は二人っ子となっている)。一人っ子政策とは文字通り一つの家庭での子供の出生人数を実質的に制限する法律だ。一人っ子政策を受け入れた家庭は優遇され、受け入れない場合は冷遇される。この政策のため政府からの優遇を受けるために妊娠してしまった第二子を、堕胎・表向きには存在しなかったことにする・奴隷のように闇市で売るなどの行為が行われているそうだ(実際のところは定かではないが)。そうやって生まれてきた居なかったことにされ戸籍を持たない子は「黒孩子(ヘイハイツ)」と呼ばれ社会的な問題にもなったそうだ。
この「黒孩子」が二つ目の重要なファクターだ。
これは他の国では採用できないギミックで著者独自の着眼点で素晴らしかった。

2つ目はガジェットだ。「強襲型仮想現実」と呼ばれるARとVRの両者の利点を併せ持った空間を作り出す「邯鄲枕」というガジェットだ。ヘッドマウントディスプレイも必要なく、ARのように見えるだけでもなく、実際にそこにあるモノに触れたり感じたりと現実を拡張することの出来る装置だ。現実に「邯鄲枕」があったらそれはゲーマー垂唾の品になることだろう。
もう一つ素晴らしいと思えたガジェットもあるのだがそちらは物語の核心に振れるため割愛。

選票通り若干詰めが甘いと表現するか科学的考察が不足しているような部分も見られたがデビュー作でこれだけの出来の作品を作り出すことができるのはそれはもう素晴らしい才能だと思う。次回作も私はきっと購入するだろう。

毎年ハヤカワのSFコンテストを受賞作品はチェックしているが好みはあれど毎年素晴らしい作品が多い。「ニルヤの島」「ユートロニカのこちら側」「コルヌトピア」「構造素子」「最後にして最初のアイドル」そして「ヴィンダウス・エンジン」。
どの作品も素晴らしい作品たちだ。それに並べるだけの完成度の作品が毎年創作されているということ自体が素晴らしい。是非とも「ヴィンダウス・エンジン」をそして過去の受賞作を読んでもらいたい。

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)